札幌高等裁判所 事件番号不詳〔1〕 判決
主文
被告人井上止男を懲役三月に、
被告人吉岡莊吉を懲役二月に、
被告人渡部吉雄を懲役二月に、
被告人東條喜平を懲役二月に、
被告人外崎秀雄を懲役二月に、
被告人白岩敬藏を懲役二月に、
被告人浅倉正志を懲役三月に、
各処する。
但し各被告人等に対しこの裁判確定の日から一年間右各刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用は全部被告人等の連帶負担とする。
理由
(1)被告人浅倉を除く他の被告人等は、北海道室蘭市輪西町の日本製鉄株式会社輪西製鉄所の從業員であつて、同製鉄所労働組合員であり、そのうち吉岡はその組合長、東條はその書記長、渡部はその調査部長であつたもので、被告人浅倉は日本共産党室蘭地区委員であつた。
(2)同労働組合では、会社に対し昭和二十年十二月以来待遇改善等に関する要求を提出して交渉を重ねていたが、満足する回答が得られなかつたので、更に昭和二十一年二月二十七日、賃金三倍値上げ、退職手当金額等十項目にわたる第二次要求を提出したところ、会社側では賃金値上等給与関係の要求については、東京の本社と接衝の上でなければ回答はできないといつて回答を留保したので、組合では会社の態度を不満として、昭和二十一年三月上旬北海道労働組合連盟に加入しその応援の下に会社に対し爭議に人つた。組合では被告人井上を闘爭委員長に被告人吉岡、渡部、東條、外崎及び白岩を闘争委員に挙げて爭議態勢をととのへ、被告人浅倉は北海道労働組合連盟の大堀正四等と共に、その応援に加わつた。このようにして被告人等闘爭委員は会社側の代表である輪西製鉄所長水谷〓等と数次にわたつて交渉を重ねた結果、会社側から本社と打合せのため東京に派遣した総務部長佐山励一の帰りを待つて、同年三月二十日会社側の回答をすることとなつた。
(3)これより先昭和二十年十二月組合が会社に対し第一次要求を提出した際、これに対し会社側では給与改善策を直接組合に対してではなく、会社の職制を通じて発表するということがあつたので、組合員の間には会社がこのような組合を無視した態度に出るのは、組合幹部の責任であるとする声が高まり、三月上旬には役員の改選が行われた。このような組合内部の情勢であつたので闘爭委員である被告人等は組合員に対し自分達が誠意を以て組合員のために活動しているものであることを示さなければならないと思つていたが、組合員の中では、三月二十日の会社側の回答の組合員大衆の面前で聞きたいという要望が多かつたので、被告人井上、渡部及び白岩は右要望に添うため同日の交渉を、製鉄所構内靑年学校講堂で行うつもりで、その準備をしておつたが、同被告人等の意思は連絡の不充分から、被告人吉岡及び東條には通じていなかつた。ところが偶々十九日午後に至り、会社側から組合に対し電話を以て、明二十日の交渉は構内本事務所会議室で行いたいという申入があつたところ、これに対し被告人吉岡が応待したので、同人はたやすく会社の申出を承諾した。被告人井上はこのことを知つて驚き、直ちに電話で会社側に対し、明日の交渉は靑年学校講堂で行いたいと申込んだが、会社側では承知せず、両者の間に完全な了解のつかないまゝで電話を打切り翌二十日の朝を迎へた。
(4)翌二十日午前十時頃被告人等は会社本事務所に行き、その会議室で水谷所長、佐山総務部長等に面会し、交渉の会場を靑年学校講堂にしたいと申入れたが会社側は承諾せず、一方組合員大衆は、靑年学校講堂で交渉が行われるものと思ひ、その準備をして会社側代表の到着を待つたが、右のような始末で被告人等と会社側代表との間に会場問題で時を過すうちに、待ちかねた大衆は本事務所に押しかけ、二、三百名にも上る多数のものが、被告人等が交渉中の会議堂に侵人し来り、水谷所長等に対し靑年学校に行くことを求めて同人等を取り囲み、その場を動くまいとする同人等を大衆の力で室外にもみ出し、終に階下廓下入口附近まで押し出すという事態を惹起してしまつた。この間被告人等闘爭委員の中には大衆の入室を阻上しようとするものもあつたけれども、潮のような大衆の力には抵抗することができず、水谷所長等が靑年学校へ行くことを承諾するのでなければ、この情勢は終に阻止することができなかつた。そこで水谷所長等も靑年学校へ行くことを決心せざるを得なくなり、靑年学校へ行くからしばらく休ませてくれと申し出たので、被告人井上はそのことを大衆に告げて、所長等は一旦自室に帰ることができ、少憩後所長等は靑年学校講堂に赴いた。
(5)講堂では、壇上に向つて右側を闘爭委員席、左側を会社側代表席とし、生徒用机を並べ、マイクロホンを備付けて座席を作り、闘爭委員席には被告人等が着席し、会社側には所長水谷〓、総務部長佐山励、技師長香春三樹次、工務部長石橋金次郞等関係部課長等約十名が着席し、千数百名を收容する講堂の場外に溢れる程多数参集した組合員の面前で交渉をすることになつた。
(6)交渉は三月二十日午前十一時頃から開始され組合側要求の一項目毎に会社側の回答を聞き、これを討議する方式で進められたが、会社側は要求事項のうちには所長の権限外のこともあり、且又会社経理上からも、本社において認めた以上のことは容認することはできないと固く一線を劃して讓らなかつたので、被告人等も非常に強硬且執拗な態度で交渉に当り、そのため当事者が何れも予想しなかつた程の長時間を要し、翌二十一日午後一時頃迄の間僅かの休憩と食事とを採つただけで睡眠もすることなく約二十六時間の交渉を継続した後漸く暫定協約覚書を作成して終了したのである。
(7)かかる情況の下において行われた交渉中、被告人等は互に意思相通じて、この講堂内外に参集した組合員大衆の威力を利用して会社側代表に圧迫を加え交渉を有利に導こうと図り開会劈頭被告人等は壇上で、水谷所長等会社側代表を前にして血判状を作成して大衆に示し「決死の覚悟で要求の貫徹を期する」旨の宣言をなし、被告人井上は大衆に向つて、「要求貫徹まで自分達も頑張るから諸君も頑張れ」と演説をし、他の被告人等闘爭委員は大衆と共にこれに賛同し又井上は水谷所長に対し自分は死ぬ覚悟で交渉しているんだ等と申し向け、被告人等は、会社が組合の要求を容れないのは、会社幹部が物資を豊富に持つているからだと、会社代表等の社宅へ隠匿物資の調査摘発に行くことを決議し、水谷所長が「これ以上交渉しても無駄だから帰る。」とか「疲れて腹がへつたから帰る。」とか云つて立ちかけ、場内の大衆が所長等を帰すなと云つて騒然となつたとき、被告人等は「所長がこの壇上にある限り生命の保障をするが壇を降りれば自分達にはその保障はできない。」と告げ、以て、要求に対し組合側の満足する回答を得られるまでは何時までも前述のような情況下に交渉を継続する決意を示し、若し水谷所長佐山総務部長が交渉を避けようとすれば如何なる危害がその身体自由名誉の上に加へられるかも知れないという気勢を示して両名を脅迫したものである。
(証拠説明省略)
右認定にかかる被告人等の行為は暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項、刑法第二百二十二条第一項に当るものであるが、本件は労働爭議中のしかも労資間の団体交渉に当り発生した事件であり、しかも当時の被告人等を含む労働組合員の生活状態を考慮すれば、組合員の切実な生活権擁護のためであつて、被告人等闘爭委員も亦組合員の信望を失わざらんがために過度に熱心であつた結果と見ることができ且本件後会社も組合も共に反省するところがあつて、その関係は従前よりも却つて円満な状態となつている事実に鑑み、被告人等の犯情同情すべきものがあると認めるので、所定刑中懲役刑を選択しその刑期範囲内で各被告人を夫々主文第一項の刑を以て量定処断し、尚お刑法第二十五條を適用して各被告人に対し主文第二項のとおり執行猶予を言渡すものとし、訴訟費用については旧刑事訴訟法第二百三十七条第一項第二百三十八条により主文第三項のとおり全部被告人の連帶負担とする。
尚お本件公訴事実中被告人等が水谷〓、佐山励一両人を昭和二十一年三月二十日午前十一時から翌二十一日午後一時頃まで、室蘭市輪西町の日本製鉄所構内靑年学校講堂の壇上に留置いて監禁したという点は、犯罪の証明十分でないが、この事実は右に認定した暴力行為等処罰に関する法律違反の罪と刑法第五十四条第一項前段の関係ありとして公判に付せられたものであるから、特に主文において無罪の言渡しをしない。
よつて主文のとおり判決する。(昭和二四年一二月一二日札幌高等裁判所第三部判決)